気の向くままに書いてみる。ってブログよくあるけど私も書いてみる。

30代突入した2児の母のブログ。育児・仕事・家族…人生いろいろ。

キッチンカウンターDIY

娘たちの風邪の看病とあることでブログ更新お休みしてました。

あることとは、そう、DIY!!

現在は仕事をやめて時間があるので今しかない!と思い

前々から作りたいと思っていたキッチンカウンターを制作。

なんとなくの作り方と苦労した点を挙げてみようと思います。

制作の途中経過写真は残してませんが作り方さえわかれば

比較的簡単にできるはずです!

とりあえずの完成写真のみ載せておきます。

https://www.instagram.com/p/Blrj7Qdn_4d/

 

基本的な作り方

 

カラーボックス2つに天板をのせる。

 

これだけです。笑

 

天板も一枚板を使用すればあっという間にできてしまいます。

私の場合は低コストで済ませたかったので

1×4を4本ダボつなぎをして天板を作成しました。

なんとかできるだろうと安易に考えてやりましたがこれが苦労しました。

詳しくは後程。

 

必要物品

 

あくまで私がなるべくお金かからないようにそろえたものなので

もっといいものを使えばもっとやりやすいと思います。

 

  • カラーボックス2個
  • 1×4 2本
  • 1×6 910mm 2本
  • ラワンベニヤ 4mm 900mm×910mm 2枚
  • ツーバイフォー定規
  • L字金具 4個
  • 木ねじ 木材に合わせて
  • ノコギリ
  • 電動ドライバー
  • ダボ錘
  • ダボマーカー
  • ダボ6mm
  • 木工ボンド
  • ハタガネ 2本
  • 紙やすり 320と400
  • 水性ウレタンニス オールナット
  • 強力両面テープ
  • リメイクシート(ダイソー

 

ぐらいでしょうか・・・

 

ぐらいといっても結構あります。

大がかりなDIYはやったことなかったのでまず物を揃えることから開始。

既製品を買うよりかは安いと思うけど、

いろいろ揃えていくと結局なんだかんだかかることに気付く。笑

元々持っている人は安く済みますね!

 

まずはホームセンターに旦那を連れ添って木材を買いに行く。

SPF材の1×4は300円以下で買えるのでDIYする人には最適!

私は良さげなものを適当に4本選びましたが、それが後々苦労することに。

ちゃんと1本1本床に置いて歪みを確認するべきでした(´ω`)トホー

まぁ、木材なので湿気などでで変化するのは仕方ないですが

確認しておいたほうが後々楽です。

 

カラーボックスは家にあった使い古しのものを使用。

新しく買う場合でも今はすごく安く売ってますよね!


 

 

あとこれはすごく便利だったというのはツーバイフォー定規

ツーバーフォーのサイズに合わせてあるL字型の定規ですが

1×4にも使えるしダボ用の穴も開いているので便利。

SPF材を使用する際には必要不可欠な定規なのではないでしょうか。

作った人神様!笑


 

私はアマゾンで買いましたが、後でホームセンターに

普通に売っていたことに気づきました。

 

他の材料は難なく揃えられると思いますが、

作り終えてあったほうがよかったと思ったのは

ダボの穴あけガイドでしょうか。

やっぱりフリーハンドでは垂直にあけるのは難しい。

なおさらダボつなぎ初の私にとってはなおさら笑

 

 

本日はこの辺で、次回制作本編へ入ります。

 

 

話は変わりますが今日は復活した娘たちを連れてお出かけ。

函館 市民の森とトラピスチヌ女子修道院へ。

 曇り空だったので多少は涼しいかと思ったらそうでもなく。

ホルモンバランスのおかげでやたらと暑いのとかぶり

暑い暑いしか言ってない母。笑

それでも久々の自然に触れられて癒されました。

 

市民の森 | 一般財団法人 函館市住宅都市施設公社

www.hakonavi.ne.jp

 

市民の森はあじさい園が有名みたいで

明日7/29はアジサイフェスタだそうです♡

hakodate-event.com

そしてアジサイフェスタにはいかずに前日に行く私。笑

売店にあるソフトクリームもおいしいと有名なので

近場の方は家族で出かけてみてはいかかでしょうか?

 

トラピスチヌも久々に行きましたがいいですね!

https://www.instagram.com/p/BlxMDD8nWH4/

お帰りなさいと言ってもらってるような気分になれるこのマリア像。

空もいい感じで素敵な写真が撮れました。

 

皆さんも函館に来た際はお立ち寄りください。

気管支弱い我が家族。-咳を止める方法をやってみたー

気づくと1週間以上更新していなかったー!!

ってなんでかというと・・・

こちら函館今週でこそ暖かい日が続きましたが

先週まで寒暖の差が激しすぎてうちの子供2人風邪治らず

熱・咳・鼻水三昧。しまいに旦那も熱を出し咳激しす。

私も鼻づまり・鼻水はありますが咳はまったく出てない!

私以外全員咳がひどくてどうしたものか。

 

小児喘息

 

お姉ちゃんは1歳半ぐらいから小児喘息の診断で

毎日自宅で吸入と予防薬を内服しています。

吸入と言ってもあれですよ、プシュって押すやつではなく

本格的な超音波ネブライザー

 

 

こちらでパルミコート吸入液と、咳がひどいときは

メプチン・インタール吸入をしています。

あと内服はモンテルカスト細粒(シングレア)

 

sho.jp

 

下の子も咳し始めて、お姉ちゃんの小児科に初めてかかったけど

2週間も咳がとれなくて予防接種も近かったので

産まれた大きい病院へ行ったら

う~ん、怪しい音してるね~ 先行き怪しいね~

ホクナリンテープが処方されました。トホホ

 

それで大分落ち着いた感じはしますが、いまだ咳してます。

 

ほんと喘息は気候に左右されるし、季節の変わり目はダメだし

これが大人になっても続いてしまったら大変だろうな。

幸い大きな発作みたいなのは起こしたことないけれど

どうにかこうにか小児期で終わってほしいと思う。

そのためにはやっぱり水泳か?!

と思ったらこんな記事をみつけた。

 

zennsoku.1remon.com

 

まぁ何事もやってみないとわからない部分もあるよね。

個人差もあるだろうし!

なんにせよ私も産後の体重が戻らないので運動したい。笑

 

咳の止め方を調べてみた

 

先ほどいったん布団に入っていたんですが横でゲホゲホ旦那の咳。

そして咳で眠れないイライラが伝わってくる。笑

なんか方法ないのと言われて頭をよぎったもの・・・

 

昔懐かしい ヴィックスヴェポラップ

 

皆さんも子供のころお母さんに胸にヌリヌリしてもらったこと

あるんじゃないでしょうか?

お姉ちゃんの咳がひどいときに買ったやつが残っていて

試しに使ってみることにしました。

まずは記載通りに、胸・喉に塗布。

 

「全然わかんねぇ、においしねえぇ」

 

というものですから、鼻の下に塗ってやりました。

(ヒリヒリする可能性もあるので自己責任で)

 

「お、やっとなんかスーッとしてきた」

 

あとネットで調べてみると足の裏に塗ると咳が止まると!

 

 

 

 

こんなことが書かれているのでやってみないわけにはいかない!

ということで旦那の足裏にヌリヌリ・・・

 

「そんなんで効くのかほんとに!」

 

半信半疑の私と旦那。

 

あとは咳に効くツボ!!

www.sawai.co.jp

尺沢(しゃくたく)

肘を曲げると出来る内側のシワの上で、

シワの中央から指約2本分親指側にいった、かたい腱の外側にあるツボ。

 

中府(ちゅうふ)

鎖骨の外端下のくぼみからさらに指1本分下にいったツボ。

 

お姉ちゃんの咳の時にやってみたらなんとなく効いた気がしたので

ヴェポラップに合わせてやってみる。

 

すると・・・・

 

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トマッター!!!!!!

 

ヴェポラップが効いたのかツボが効いたのかわからないけど

とりあえず止まったので感謝感激。

今は一切咳せず、いびきかいてぐっすり寝ています。

 

 

 

私も言いたい。

 

イギリスありがとう!!!!!!

 

 

咳で悩んでいる皆さんも試してみる価値あり!

 

西日本豪雨について すこしでも力に・・・

7月5~6日にかけて西日本を襲った集中豪雨。

死者158名と増え、行方不明者も合わせると200名を超える大災害。

今現在も猛暑の中必死の捜索・救出活動が続いています。

亡くなられた方のご冥福と、御家族の方へは心からお悔み申し上げます。

そして一刻も早い救出と行方不明者の方々の発見を心から願っています。

 

何かできることはないかと思っていた時

私がいつも視聴しているYoutuberのHIKAKINさんが

このような動画をあげていました。

 


【拡散希望】ヒカキンと一緒に西日本豪雨の被災地に募金しませんか?

 

HIKAKINさんさすがです。

 

私もHIKAKINさんの足元にも及びませんが募金させていただきました。

すこしでも皆さんのお力になれれば幸いです。

1円からそしてTポイントでも募金できる時代!

ぜひ皆さんも募金にご協力していただきたいと思います。

 

近年ほんとうに自然災害が多いと感じます。

本当に日本が無くなってしまうのではないかって常日頃思っています。

函館も今日は久しぶりの天気に恵まれ暖かいですが

数日前までほんとうに7月かってぐらいの寒さで

ストーブを点火したぐらい。本当にありえない。

だんだん夏が短くなって冬が長く・・・

昨年から年明けにかけての豪雪も印象的で

今言われている氷河期の到来もバカにできないです。

 

何気ない日常に突然やってくる自然災害。

本当に恐ろしく、いくら準備をしていても太刀打ちできないぐらいの

大きな災害も起こるのではないかと思ってしまいます。

 

tocana.jp

 

準備と言っても我が家もやらなきゃやらなきゃと言っていても

実際何もできていない状況なので

今回を機に真面目に必要最低限の物の準備など

やらなきゃならないと思っているところです。

 

皆さんも準備ができていなければこれを機に、

また準備をしていても見直しも必要だと思うので

やってみてはいかがでしょうか。

 

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私の看護観~初心忘れるべからず~

看護観・・・?

 

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看護観というとなんだか難しい感じがしますが

どんな看護師になりたいか、どんな看護師でありたいか。

全国に就業している看護師1,660,071人(平成29年)

さまざまな看護観があると思います。

そして看護師の夢を目指した時、看護学校で実際に学んだ時

就職して看護師として働いてからと、看護観が変わっていく。

より明確なものになっていくと思います。

私の看護観は…

学生時代に課題として提出した「私の看護観」がUSBに残っているので

ちょっと振り返ってみたいと思います。

 長文ですが興味のある方は読んでみてくださいm(__)m

 

私の看護観

 

入学前・入学当初の看護観については、発展・進歩している医療現場において、患者の一番そばに寄り添い支えられる看護師、気兼ねなく声をかけられる看護師になりたいというものであった。1年間准看護師として働いていた時も、自分の業務が終わり時間のある時には、病室へ行き患者さんと話をする時間を大切にしている自分がいた。

基本的にコミュニケーションをする場合には、例えば情報収集を行うためなどの目的をもって訪室するとされている。しかし私の場合は、部屋に訪室して患者の表情や仕草などを観察してから変わりはないか見ながら、気になる部分があれば話を聞いたり、また部屋の雰囲気が暗いようであれば、1人の患者だけにアプローチするのではなく、ほかの患者も交えながらコミュニケーションを図り、病床が居心地の良いものになるよう心掛けていた。その際には、世間話を含めながら患者の価値観や性格といった部分も把握できるのではないかと考えていた。また新人として時間配分もうまくできず、忙しかったのは事実だが、患者が声をかけやすいようなるべく自分から挨拶や「どうしましたか?」と声をかけたり、声をかけられた時も忙しそうにせず、対応することが必要だと思いそのように関わっていた。

そしてその後、看護学科へ進み2年の歳月がたった今、看護観として根本的なものは変わってはいないが、そのほかに大きく変わった部分もある。

それは患者に何らかの援助をする際に、個別性を含めた援助方法を考えるといったことである。働いていた1年間は、新人として業務を覚えることに必死になっていたせいもあり、患者に対する援助は一般的なもの、個別性のないものになっていたように感じる。また、准看護学科では基本的な看護技術を正確に行えることが求められていたため、個別性という部分がそんなに重視されていなかったのではないかと振り返って思うことである。それよりも、医師・看護師に指示されたことを確実に行えるということに視点が置かれていたと考える。しかし、看護学科では准看護学科で学んだことよりさらに深く幅広い知識を学び、またその知識をふんだんに活用しながら、どのような援助方法がこの患者には合っているかと、実習中試行錯誤したことが多く記憶に残っている。そのような点で、今まで一般的なことだけを行っていたことを個別性のある看護として変えていかなければならないと考える。

他にも看護師になった際には、判断能力も求められる。いちばん身近な存在であるからこそ、患者のちょっとした変化にも気付かなければならない。自分で何でも訴えられる患者の場合でも“こうしてほしい”と言いづらいことが多いのに、臥床状態で言葉も発することができない患者の場合には、こちらの観察がなければ変化に気づくことができない。高齢社会になっている今、今後その場面は多くあるのではないかと考える。その点でも、先日の看護研究発表で出てきていた、ナイチンゲールの3つの関心は、重要なものになってくるのではないかと感じることができた。また何か質問された際にも、曖昧な返答ではなく知っているものは正しい知識を提供し、わからないものは調べて提供するといった姿勢も必要であると考える。そのようなことを心掛けて関わると「自分のことを考えていてくれる看護師さん」と患者自身も感じることができるのではないだろうか。今まで勉強してきて備わった知識も含め、これからも継続した学びが必要であり、患者の変化を読み取ったり、生活を支えたりと3側面からかかわることが望ましい姿なのではないかと考える。少しの知識があるだけでも、多く気づく部分があると感じるため、これからも学びは継続していかなければならないものである。

実習の時や、まわりの方々に「優しい素敵な看護師さんになってね」と言われる機会が多いが、“優しい看護師さん”とはどんな看護師か自分に問うことが多くある。ただ優しくすることなら誰にだってできることで、ただ笑顔でいることもしようと思えばだれでもできることである。私たちはそれに加え、持っている知識を活用しながら、患者の知識に対し正しいものは正しいと肯定し、さらに情報を提供したり、間違っているものは注意でき、正しい知識を提供するといったことも“優しい看護師”につながってくるのではないかと考える。患者に対してどうでもいいという感情を少しでももつならば、その患者にとって最良の看護は絶対に提供できないし、むしろマイナスの方向に傾けてしまうのではないかと推測される。また、疾患に対しての看護も教科書上では記載してあるが、看護は病気だけを見るのではなく患者の生活をみるということを実習で何度も、実習指導者や教員から助言をいただき改めて感じたことである。そのためには、やはり知識は必要であり逆に知識がないまま看護をすることは、患者に危険をもたらすことは絶対である。それを頭に入れながら、本当の“優しい素敵な看護師さん”になれるよう頑張っていきたいと思う。

自分の夢は物心ついた時から“看護師さん”であり、今その夢が現実となろうとしている。しかし自分の性格上何か目標をもって生きていないと、時間を無駄に過ごしてしまう可能性があるため、また新たに目指すものを最近考えている。

臨床ではターミナル病棟で勤務しており、1年間勤務したうち何人もの死を見てきた。その中の1人の患者と関わった時、癌性疼痛が強く、ものすごく痛がっている患者を前に何をすればよいかわからず、ただ傍にいて背中を擦ることしかできなかった自分がいた。それでもその患者は「ありがとう、でも私にはあなたになにもしてあげることができない…こんなことしかできない…」と、私の爪を磨いてくれたことがとても印象深く残っている。痛くて話すことも、動くこともままならない状態であったのに、こんな自分でもまだ何かできるのではないかというその気持ちが凄く伝わってきた場面であった。その時は、その患者に対しもっと何かすることはできなかったのだろうかと自分の不甲斐なさから、涙を流してしまったことがある。2年間学んできた今なら、ただ背中を擦るだけではなく効果的に疼痛を緩和できる方法はないのか、気持ちが楽になる関わりはどのようにすればよいのか、家族はこの状態の患者を見てどう感じているのか、本人はどう感じているのか、何か希望はないのか…など、様々なことが頭をめぐり、患者と関わることができるのではないかと思う。看護師という夢が叶おうとしている今、次のステップとしてその時の悔しい気持ちを思い出し、緩和ケアや癌性疼痛ケアの資格を取ることも考えている。また、基礎実習で回復リハ病棟へ実習にいった時の患者の回復の過程を日々感じ取ることができ、それが自分の喜びにもなっていたことも考えると、その科へ進んでみるといったことも考えられる。他にも、在宅看護なども道の一つである。このように上げていくと、これからの自分の進む道について看護師という職から様々な方向へ広げていくことができる。まだ国家試験の結果は出ていないが、ただの看護師にとどまらず次につなげていけたらよいと思っている。

 

振り返ってみて

 

まず、なんか立派な文書いてますね。笑

というかこの量の文章を今書けと言われたら書ける自信がない。

新人の時はレポート提出の機会も多かったのでまだかけていましたが

年数重ねたり、外来勤務したりすると機会が減り

以前より格段に文章能力なくなっているような気がします…。悲

 

とりあえずそれは置いておいて…

 

自分で読んでの印象は、今も変わってないかなって感じです。

先日のブログにも書いていた通り、この文の中にも

患者に寄り添いたいという思いが感じられます。

ただ病院で医師の指示に従って淡々と業務をこなす看護師にはなりたくない。

後思うのがちょっとずれますけど

どうしてこんなに医者の顔色を窺って仕事しなきゃならないんだと。笑

今のこの時代、心のケアの必要性が重要視されている中

まだ「俺は医者だ、医者は偉い」って患者・看護師を見下している医師

いらっしゃるのでは・・?

看護師からしても好印象ではないし、患者さんからもどう思われるのか。

働いていても話しかけるなオーラを出してもらいたい指示ももらえない。

患者さんが伝えたいことがあるのに話を切って話を聞いてもらえない。

それを看護師から伝えても そんなこと みたいな感じで

ろくに対応してもらえない。

そんなようなこと結構あるんじゃないでしょうか?

私も看護師として患者さんにより良いケアを行いたいのに

家族の思いを大切にしたいのにと悔しい思いをして涙したことがあります。

しかもそれは患者さんの最後の時に起こったことなので辛かった。

他にも看護師はバカなんて言葉でいう先生もいます。ひどい。

患者さんの心のケアをする前に自分がどうにかなりますよね。

 

患者さんの心のケアに関しては、医師・看護師・多職種のコミュニケーション

情報共有がすごく大事になってくると思うんです。

医師が沢山の患者さんを抱えて忙しいのはわかります。

それでももう少し患者さんの声を聞いてほしい。

その場で聞けないのなら、看護師が代わりに聞いて伝えたことを

しっかり聞いてほしい。そして何かのアクションを起こしてほしい。

何でもいいです。

患者さんのところへいけないのなら私たち看護師が伝えます。

それも立派な看護の仕事だと思っています。看護師もうれしいです。

私が知っている医師では

もちろん患者さんの話はしっかり聞くし説明も丁寧

回診とは別に朝必ず自分の担当の患者さんのところへ行き声をかける。

他にも処置で必要な物品が病棟にないとなった時

自らほかの病棟へ借りに出る。(さすがにびっくりしました笑)

その先生とかかわった時間は短かったですが患者さんからも

スタッフからもかなり好印象な先生、神様みたいに言われてました。

そんな医師もいるのです。

 

すこしでもそんな医師が増えることを切実に願っています。

 

しかしながら先日かいた記事のまるごとケアの家を作った村上先生は

根本的に医者が変わるのは難しいので患者さんが変わってほしい

とも言っています。

確かに医師の忙しさと精神的な負担はかなりのものだと思います。

安定剤を飲まないと眠れない医師なんてざらにいると思います。

そうなるとやはり病院でも家でもない患者の心のケアの場所の必要性が大きい。

でもきっとその医師たちも医師を目指したに時は

多くの命を救いたい 患者の気持ちに寄り添いたい 大きな目標をもって

医師になった方沢山いると思います。

自分が押しつぶされそうになったとき、そのこと思い出して欲しいです。

 

少し患者さんに対しての関わり方も変わるんじゃないでしょうか。

そして看護師である私たちのより良いケアにもつながります。

 

そこまで言えるほど自分は偉い人間ではまったくないのですが

思ってしまったので気の向くままに書いてみました。お許しくださいm(__)m

 

ちょっとした夢について~患者さんのための居場所~

皆さん夢、持ってますか?

 

昨年の小学生のなりたい職業ランキング☆

resemom.jp

 男の子はサッカー選手や野球選手、科学者など

かなり努力が必要で数限られた人しかなれないものが多いですね!

そしてYoutuber!!!!(∩´∀`)∩

youtuberの皆さんの努力のおかげで、将来の夢にまで

出てくるようになりました。時代は変わるものです。

わたくしも毎日youtuberの皆さんの動画をみて笑わせてもらったり

感動したり勉強させてもらったりしています。

 

一方、女の子のほうはさすが現実的なランキングですね。笑

そして私の小さいころの夢は 女の子1位の“ 看護師 ”

レギュラーコースではなく准看護師からのスタートだったので

少し遠回りはしましたが、頭の悪い私が看護師になることができました。

夢だった看護師になって働いて・・・

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(おめでとうカードは気にしないでください。笑)

 

そうこうしているうちに結婚して子供を産んで母になって。

仕事育児に追われて、日々を生きていくことに必死で

夢なんて言葉を忘れかけている状態でした。

夢にきらめけ!明日にときめけ!なんてドラマもありましたが

そんなキラキラした気持ち体力はどこへやら。

 

それでも現在は一度退職して子育てに専念という形にしており

上の子も幼稚園へ行き始め

6か月の赤ちゃんと2人、少し時間の余裕ができたところ。

 

また私に夢を与えてくれたきっかけ

 

先日NHKハートネットTV

「2人の医師の遺言~患者のための居場所を~」

が放送されていて、ついつい仕事柄見入ってしまいました。

昨年の5月にがんで亡くなられた2人の医師の思いが詰まった内容でした。

 

石川県金沢市で30年以上、大腸がんの治療に当たってきた

                   外科医・西村元一さん(58)
もう1人は北海道・夕張で地域医療の再生に取り組んできた

                       村上智彦さん(56)

それぞれの医師が、がん患者の立場になった時に

患者の気持ちに寄り添うことができていなかったと感じその後に作られた

元ちゃんちゃんハウス と まるごとケアの家。

 

結論から言うと、この放送をみた後

私もそんな場所を作りたいと思ったのです。

 

放送内容を詳しく書いてくださっているブログがあったので

2つほどリンクを張らせていただきます。

ameblo.jp

ameblo.jp

 

私が日頃働いていて思っていたこと

 

 私が看護師として働いていたとき常日頃思っていたことは

患者さんと話をする時間がもっとほしい・ゆっくり話したい

 

看護師の仕事の中でも傾聴って大事なことだとは思うんです。

看護師をしていると傾聴傾聴傾聴って何回記録に書いたり耳にしたことか。

私も患者さんの話を沢山聞きたかったので

業務時間内ももちろんですが、時間外でも必要であらば

ベッドサイドに足を運びました。

それでも自分の中ではまだまだ時間が足りないと思っていました。

看護師の業務は目に見えているところでは患者さんの血圧を測ったり

医師の治療の介助をしたり、排せつ介助をしたりはもちろんなのですが

ほかにもやることが山ほど。

私が働いていた病院はちょっと周りから比べると乗り遅れていて

記録は紙カルテだったし、点滴つめたりするのも看護師

患者さんが持ってきた薬を数えたりセットするのも看護師

ほかにもパソコン入力しなければならないことも多々。

かなりの時間を業務にとられてしまって実際に患者さんに接する時間は

少なかったように思います。

ほかの病院に勤めたことがないので比べることはできないのですが…

 

今思い返すと、看護学校の実習で一人一人の患者さんと向き合って

看護計画を立てて援助をしていた時が

一番患者さんと深く関われたと思っています。

 

ちょっと古い記事ですがこんなのもありました。

www.kango-roo.com

 

私なんかは特に仕事の効率が悪かったように思っているので

なおさらそんな風に思ってしまったのかもしれません。

中には時間内に効率よく業務がこなせて患者さんの話もしっかり聞ける

そんなプロフェッショナルな方もいるかもしれませんが。

少なくとも私はそうではありませんでしたし、共感される方も

多いのではないかと思います。

 

しかも当時働いていた病棟は急性期患者さんもおりましたが

慢性期・がん患者さんが沢山おられました。

抗がん剤を行っている方も多く、また何人もの人をお見送りしてきました。

そのような特徴ある病棟だったからこそなおさらお話を聞く事が

大事だったと今でも思っています。

 

子供ができて外来に異動してからも抗がん剤治療室を担当していたので

がん患者さんとも沢山関わってきました。

外来治療室では少ないと1日1人ということもあったので

その時は体調を見ながら点滴中などにゆっくりお話を聞く事が出来ました。

それでも外来においてもたくさんの業務をこなすので精一杯で

「あれ、私何やってるんだろう?」と思ったこともあります。

 

患者さんは話を聞いてほしい 

 

実際患者さんはどう思っているのか。

こんなコラムを見つけました。

www.nec-nexs.com

「病院ってところは病気を治すのは当たり前でしょう。私たちはそんな当たり前のことだけを期待して病院に行くんじゃない。心のケアを求めて病院に行くんですよ。そう思いませんか」と。

患者さんの身になって考える『心のケア』。医療者側は限られた時間と診療規則の中でやるべきことが山積みだとしても、目の前にいる患者さんが痛みや悩みを抱えて言いたいことを十分に言えずに我慢しているかもしれない医療弱者であることを決して忘れてはいけないと思います。

 

多くの患者さんはこのタクシー運転手さんのようなことを思っているはずです。

そして私自身も身を以て感じています。

 

病院っていくら話を聞きますよと声をかけても、なかなか堅苦しいし

忙しそうで声かけづらいから大丈夫な患者さんも沢山いると思います。

また家族との会話でも家族だからこそ言いづらいこともあるかもしれない。

そうなると家でもない病院でもない場所が必要なんだろうなって。

2人の医師の遺言が心にグサッと刺さって

いつかそんな場所を自分も作りたいなと思いました。

今すぐは子育て真っ最中でなかなか現実難しいところもありますが

いつか、いつかできたらいいな・・・そして言っておいたほうが

いいような気がして声に出してみています。

 

私が調べるに函館にはがん患者の会はあって、某病院ではサロンも

行っているようですが自分が好きな時間に話を聞いてもらえるところって

なかなかないように思います。

 

いつかそんな場所を作ることができたらいいなと夢をもって

日々生活していける私は幸せ者だと思います。

なにかそういうことを考えていると心がワクワクしてきますよね。

そういうのって大事だなって感じました。

 

今夢を持っていない人、忘れそうな人

何でもいいので見つけてみてはいかかでしょうか?

 

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はてなブログの言及とは

はてなブログを始めて2週間が経ちまだまだホヤホヤなんですが

今日通知のところに

 

〇〇さんに言及されました と表示されていました。

 

ん?!言及?なんか悪い記事でも書いたか?!

言及の意味も対して知らないくせに勝手にあせっていた私。笑

 

恐る恐る見てみると・・・

 

昨日の凪の記事に私がリンクを張らせていただいた方が

私の記事を紹介し、アンサー記事まで書いてくださっていました。

 

え!あ!そういうこと!ホッ

 

言及ってなんか勝手に悪いイメージを持っていて

確かに意見することに関して言及とつかわれることが多いみたいだけど

そのことに話題に触れる・コメントするということも

言及するってことなんですね!

 

もっと詳しくはこちらで紹介されてました。

seikatsu-hyakka.com

 

 

はてなブログに関してはその記事を紹介する的な感じで

使われているのですね。

 

いや~ブログを書いていると、勉強になること多いわ~

やっぱりこういうのって大事。笑

 

これまでブログ書いては途中でやめてしまっていたことが結構あったけど

このたびは頑張って続けていこうと決心した私でした。

 

言及ありがとうございました!

 

しかし日本語って難しい。

それを覚えようとしている外国人の方々尊敬する。

そしてよくテレビでみるけど

日本人より日本語の意味や日本の文化を知っている外国人の方

沢山いるよね!素晴らしいと共に恥ずかしい。

私たち日本人ももっと日本のことを知らなきゃダメだね。

せめて自分が生まれ育った所ぐらい勉強しようかな。

 

幸いに私が生まれ育った所はとっても歴史深い街 函館 なのです。

歴史的建造物も多く情緒あふれる街。

なんて勉強のし甲斐があるのでしょうか。笑

 

勉強しがてらちょっと函館の紹介なんかも書いていったらいいかな?

そうなると完全にまとまりのないブログになってしまうが

ブログ名を気ままに書いてみるということにしているからまぁいいか。

 

 

ではまた(^O^)/

 

妊娠・出産の奇跡⑥ー我が子を抱くことができた日ー

2014年3月31日 NICU23日目
今日の凪、昨日チューブを取り替えて傷もついたせいか
口元が血で痛々しい。

痛々しいじゃないね、痛いよね凪…
頑張ったね。凪はえらい子。

手足は刺激すると少し動かしてくれて、目もパチパチしてくれたね…

ゆっくり休んでいて良いのにいつも頑張ってパパとママに元気くれるね。

でも今日は明らかに今までと違う傷ついた顔で
それでも必死に目を開けている凪を見つめていたら

ごめん、ママ泣かずにはいられなかった。
あんだけ泣かないと頑張っていたのに、涙がこぼれ落ちてしまいました。

また泣き虫母ちゃんになっちゃったね。


酸素は30%→50% 血圧は測れない時もあったみたい。
心拍も早くて、凪の小さい心臓頑張って全身に血を送ろうとしているね。
おしっこはほとんど出ていないみたい。
手も足も冷たいなぁ。

凪がどんどん遠くなる気がして怖かった…
諦めたくはなかったけど、心が折れそうだった。

側ににいてあげたい、抱きしめたい…

凪に一言でも声をかけようとしようものなら、涙腺崩壊しそうで
まともに声もかけれずNICUを後にしました。

帰りの車、家にパパが帰ってきても涙が止まりませんでした。
どうか、どうかパパとママのそばから離れないで…

凪の写真が入った写真立てを抱きしめて願うばかり。

夜は、私の様子を見て無理するなとパパだけ面会に行きました。


あれだけ凪の前では…と言っていたパパも泣いちゃったって。笑
泣き虫なパパとママだね、せっかくの記念日になに泣いてんのって
凪に笑われちゃうね。


 
面会から帰ってひと段落ついていたら
22:30頃 パパの携帯に病院から連絡がきました。

状態がかわったのでママと一緒にきて欲しいと。

手の震えが止まらない…


NICUについた時にはすでに心拍は0になっていて、
看護師さんと先生が懸命に心臓マッサージをしてくれていました。

呆然と立ち尽くす私たちに先生が
「昼間から状態が悪くなって、心拍数もさがり、お電話した
 30分前から心臓マッサージをしていますが、凪ちゃん自身の心拍では
 もうないと思います。これ以上の続けても…」

もう充分がんばった。
疲れたね凪…もう、全部とってもらおうね。

「もうやめてあげてください」

言葉が出るまで時間はかからなかった。
言葉と共に私たち2人の涙が溢れ出しました。

3/31 23:02 281gの凪は精一杯頑張って頑張って、
やっと眠りにつくことができました。


呼吸器のチューブも点滴の管も全部取ってもらって、
やっと凪の顔ちゃんとみれた。

上唇が呼吸器のチューブが当たってたから潰瘍になってたけど
可愛い可愛い顔の凪がそこにいました。

別室で少しまつと看護師さんがタオルにくるまれた凪を連れてきてくれました。

やっと、やっとこの手で腕で我が子を抱くことができた…

この日をどれだけ心待ちにしていたか…
凪はとても暖かかった。

片手でもてる小ささと軽さでしたが、凪の必死に生きた23日の人生と
みんなの想いとパパの気持ちがたくさん詰まって
ずっしりと重みがありました。

今感じているこの気持ちを決して忘れてはいけない…

パパにも抱っこしてもらい、
パパは「なんもしてやれなくてごめん」と泣いてたけど
そんなことないよね凪。
パパの愛情たくさん伝わってるよね。
ママが嫉妬しちゃうくらい凪のこと愛してくれているよね。


その後は看護師さんとパパとママ3人で凪をお風呂に入れて、
綺麗な服着せてあげました。

お風呂入ってる凪の顔はほんと笑っているように見えて
パパとママも笑顔になりました。

しかも、ママは看護師さんなのに全く沐浴できてない…
なんだか笑ってしまった。

やっとお家に帰れるね凪。


綺麗にしてもらった凪を抱いて、病院を後にしました。

「やっと娑婆の空気吸えるぞーっ」

そんな事を言うママでした。
 
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短いようで長く、長いようで短い
何ともいえないそして今まで経験したことのない時間を過ごしました。
泣いて泣いて悲しい時間も沢山あったけれど
そんな中でも、産声を聞けたり暖かい体に触れることができ
我が子の存在をこの目と耳と手で感じられ
また、家族の絆や沢山の方たちからの暖かい言葉
人のつながりの大切さ 感謝する心を我が子は
たった281gの小さな体で私たちに教えてくれました。
 
この後火葬を行い小さいので骨が残らないかもと言われましたが
ちゃんと形がわかるほどに骨が残り
喉仏用の小さい骨壺におさめて持ち帰りました。
 
もうあれから4年も経つのにまだ納骨せず自宅に遺骨があります。
いいのか悪いのかわかりませんが
そばにいてほしい気持ちが消えなくて。。。

www.shuukatsu.blog

時代は変わったものですね…

ホッとしました。笑

 

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凪へ

私達をパパとママとして選び生まれてきてくれて本当にありがとう。
これからは天国で私達を、みんなを見守ってください。

可愛い可愛い自慢の凪。
いろんな姿を見せてくれてありがとう。
ママしか聞けなかったけど、小さな産声も聞かせてくれてありがとう。

パパとママは決して凪のことは忘れないし、これからも皆に伝えつづけます。
時間はかかるかもしれないけど、凪に恥ずかしくないように
前を向いて生きていきます。

本当に本当にありがとう。

凪、愛してるょっ…!
 
2014年4月3日 ママ
 
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2018年6月29日 追記
 
手元供養について上記にリンクを張らせていただいた方が
アンサー記事を書いてくださいました。
もしお子様を亡くされた方で悩んでいる人がいれば
背中を押すきっかけになるかもしれませんのでよろしければ
ご覧になってみてください。